引揚記念館と世界記憶遺産

舞鶴引揚記念館の挑戦

舞鶴引揚記念館は昭和63年(1988)に開館して以来、シベリア抑留と海外(外地)からの引き揚げの労苦の史実の継承と平和の尊さの発信をおこなってきました。

しかし、戦争を知らない世代が大半を占め、抑留や引き揚げの記憶が風化する中で、およそ66万人もの引揚者を迎えたまちの使命として、未来を担う次世代へ向けて広く発信する必要性を強く感じています。

平和の尊さを次世代へ継承し、世界へ発信するため平成24年(2012)7月からユネスコ世界記憶遺産への登録へむけて取り組みをスタートし平成27年10月10日に収蔵資料のうち570点が登録されました。抑留や引き揚げの労苦だけではなく、戦後の混乱の中で、多くの労苦の末に海外(外地)から引き揚げた人々を温かく迎えた舞鶴の人々の豊かな精神性についても発信してまいります。

ユネスコ世界記憶遺産 登録証
ユネスコ世界記憶遺産登録証 

ユネスコ世界記憶遺産 登録資料の紹介

世界記憶遺産登録資料のタイトルは、「舞鶴への生還1945-1956 シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」で、登録された資料は合計で570点です。その一部を紹介します。

白樺日誌

白樺の皮に和歌などで綴った抑留の記録

シベリア抑留中の日々の様子や心情を、和歌で綴った日誌です。白樺の皮をはいでノートにし、ペンは空き缶の先を尖らせ、煙突の煤を水に溶いてインク代わりにした手作りのものです。

手作りのメモ帳

靴の中に隠して持ち帰った抑留の記録

没収を免れるために、手のひらに乗るほどに小さく手作りされていて、靴の中や衣服に縫い付けて隠して持ち帰りました。日々の想いや出来事などのほか、収容所の仲間の名前と帰郷先の住所が記録され、引き揚げ後に日本で帰りを待つ各家族に安否を伝えることを目的としていました。

俘虜用郵便葉書

シベリアと日本をつなぐ唯一の手段

一部の収容所で抑留者から日本の家族あてに出すことができた往復葉書です。検閲があったため、葉書に書く内容は大きく制限されましたが、シベリアでのつらい抑留生活を乗り越える心の支えともなりました。

留守家族の手紙

“岸壁の母”から息子にあてた想い

映画や歌謡曲で知られる「岸壁の母」のモデルと言われている端野いせさんが、息子が引き揚げて来た時の連絡用に書いて、舞鶴引揚援護局に預けたはがきです。後日、該当者なしでいせさんのもとへ返送されました。

スケッチブック

シベリアで描かれた抑留の風景

抑留中にソ連側からメーデーの様子を描くよう指示があり受け取ったスケッチブックの残りに、収容所の様子などを描いたものです。抑留中に労働の様子や収容所の様子を描いた記録画としては非常に珍しいものです。

回想記録画

少ない黒パンの配給に集中する眼
絵画で伝える記憶

記憶をもとに描かれた抑留中の生活や引揚船からの風景等の記録画です。

ユネスコ世界記憶遺産とは

抑留中に描かれた記録画

ユネスコ世界記憶遺産とは、手書き原稿、書籍、ポスター、図画、地図、音楽、写真、映画等の記録遺産を対象として、世界的重要性を有する物件をユネスコが認定・登録する事業です。

その目的は、以下の通りです。

  1. 世界的に重要な記録遺産の保存を最もふさわしい技術を用いて促進すること。
  2. 重要な記録遺産になるべく多くの人がアクセスできるようにすること。
  3. 加盟国における記録遺産の存在及び重要性への認識を高めること。

平和学習