引揚ラボ

laboratry#1

 昭和20年(1945年)第二次世界大戦終結後、約660万人もの日本人が中国大陸や朝鮮半島をはじめ、台湾、東南アジア諸国、フィリピン、インドネシア、南洋諸島など多くの国や地域に残されました。それらの人々は日本の敗戦によりあらゆる脅威にさらされる危険が予測され速やかに帰国させる“引揚事業”が開始されることになりました。

 昭和20年(1945年)呉、佐世保、博多など日本各地に引き揚げの港が設置され、舞鶴も引き揚げの港となりました。舞鶴港は朝鮮半島や旧満州(現・中国黒龍河省など)や旧ソ連に連行された元日本兵を受け入れる港で昭和20年10月7日釜山からの引揚船を迎え入れました。しかし、旧ソ連へ連行された元日本兵の復員はソ連側との協議が難航し、終戦から1年以上経過した昭和21年(1946年)12月8日、ようやく第1回目のシベリアからの復員兵が舞鶴へ帰還しました。

 その後、昭和31年(1956年)までシベリアに抑留された旧日本兵の受け入れ、それ以降は一般邦人の受け入れを昭和33年(1958年)までおこないました。

 

引揚指定港一覧(閉局順)

呉       昭和20年11月24日~昭和20年12月14日

門司      昭和20年11月24日~昭和21年 1月23日

別府      昭和21年 2月21日~昭和21年 3月26日

田辺      昭和21年 2月21日~昭和21年10月 1日

唐津      昭和21年 2月21日~昭和21年10月 1日

下関      昭和20年11月24日~昭和21年10月 1日

戸畑      昭和21年 1月23日~昭和21年10月 1日

仙崎      昭和20年11月24日~昭和21年12月16日

名古屋     昭和21年 3月26日~昭和22年 2月 1日

 

 

鹿児島     昭和20年11月24日~昭和22年 2月 1日

laboratry#2

大竹      昭和20年12月14日~昭和22年 2月21日

浦賀      昭和20年11月24日~昭和22年 5月 1日

博多      昭和20年11月24日~昭和22年 5月 1日
宇品      昭和20年12月14日~昭和22年12月31日

函館      昭和20年12月14日~昭和25年 1月 1日

佐世保     昭和20年11月24日~昭和25年 5月 5日

横浜      昭和20年11月24日~昭和20年12月14日

横浜(援護所) 昭和22年 5月 1日~昭和30年 7月11日

舞鶴      昭和20年11月24日~昭和33年11月15日