9/30 ICOM(国際博物館会議)舞鶴ミーティング2018 開催しました

 

9月30日(日)舞鶴市商工観光センターにて

国際シンポジウム「ICOM(国際博物館会議)舞鶴ミーティング2018」

が開催されました。

 

今回の舞鶴ミーティングは

2019年9月に国立京都国際会館で開催される

「ICOM京都大会」のプレ大会で、

「文化をつなぐミュージアムと文化遺産」をテーマに

「国際課題とミュージアム」と「地域コミュニティとミュージアム」

などについて議論しました。

 

 

ICOM(International Council of Museums:国際博物館会議)とは、

ミュージアムの進歩発展を目的とした

世界で唯一かつ最大の国際的非政府組織です。

1946年に創設され、2016年には世界141か国と地域から

37,000人のミュージアム関係者が、加入しています。

 

 

ICOM全ての委員会が一堂に会する大会が3年に一度、

世界のどこかで開催されます。

2019年にはこの大会が京都で開催されることになりました。

 

大会期間は約1週間。

基調講演、パネルディスカッションなど全体会議の他に、

国際委員会ごとのセッションや、

メイン会場から離れたオフサイトミーティング、

見学ツアーなどが実施されます。

開催地では、博物館や文化施設、地元行政の協力のもと

様々な市民向けイベントも開催されます。

(ICOM京都大会2019 HPより引用

http://icom-kyoto-2019.org/jp/icom.html)

 

 

そのICOM京都大会を1年前に控えた2018年9月30日に、

国際シンポジウム「ICOM舞鶴ミーティング2018」を開催されました。

国内外から広く発表者を募り、

2019年ICOM京都大会の大会テーマ

「文化をつなぐミュージアム-伝統を未来へ-」

について議論を深めました。

 

 

当日の様子

 

茶道裏千家淡交会による

呈茶のふるまい

 

 

研究発表の様子

当館の学芸員による

「地域博物館と記憶遺産がもたらした地域社会への活力」

をテーマとした発表も行われました。

 

2015年に当館の収蔵資料が

ユネスコ世界記憶遺産に登録され、

それに向けた活動や登録をきっかけに

舞鶴の小中高生が自主的に史実を発信した事例など

記録遺産登録が地域の方々の意識や活力に

どのような影響をもたらしているのか

といった内容を発表しました。

 

他にも、

「ミュージアムが防災に果たす役割」や

「ミュージアムと民間企業とのコラボレーションによる

新たな美術鑑賞の方法の提案」など

多岐にわたるテーマを

各国の専門家の方々に

発表をいただきました。

 

 

来年の本大会に向けて

非常に有意義なシンポジウムとなりました。

 

日本人抑留者資料館長 ジャリル・スルタノフ館長が来訪されました

 

先日10月7日(日)

 

ウズベキスタンにある

日本人抑留者資料館の

ジャリル・スルタノフ館長とそのご家族の方々に

来日いただき、当館で交流会をいたしました。

 

 

 

第二次世界大戦後、約25.000人の日本人が

旧ソ連によって現在のウズベキスタンに移送され、

収容所で生活しながら建設工事などに従事しました。

 

首都タシケントにある代表的な建造物「ナヴォイ・バレエ劇場」

の建設にも、約500人の日本人抑留者がたずさわりました。

1966年、大地震がタシケントの街を襲い、

ほとんどの建築物が倒壊してしまいましたが、

ナヴォイ劇場は大きな被害を出さずに

避難所として多くの命を救いました。

 

 

それによりウズベキスタンの人々は、

日本人の勤勉さや逆境に負けない特性に対し、

今でも感謝や尊敬の念を抱いています。

 

 

 

スルタノフ館長は、

ウズベキスタンで日本人抑留者資料館を運営し

資料の収集に関しても自ら行っておられ、

当館への平成28年の来訪をきっかけに

舞鶴市が東京オリンピック・パラリンピックのホストタウンとして、

ウズベキスタンのレスリング・柔道の事前合宿地に決定いたしました。

 

 

 

 

 

当館での交流会の様子

 

舞鶴市内全7中学校から代表生徒が参加しました。

地元 若浦中学校の代表生徒がメッセージを述べた後、

スルタノフ館長よりご挨拶がありました。

 

 

引き揚げ等に関する資料の交換の様子

 

ウズベキスタンで抑留された日本人が

ナヴォイ劇場建設に従事させられることとなった公文書や

抑留に関する絵画をいただき、

当館からは日本の引き揚げの様子がわかる資料を贈りました。

 

 

ウズベキスタンの民族舞踊の披露

 

 

スルタノフ館長のお孫様でいらっしゃる

モヒナボヌ・スルタノヴァさん、リソラット・スルタノヴァさんが

華麗に舞ってくださいました。

 

記念撮影の様子

 

 

スルタノフ館長が制作された

ドキュメンタリー映像「ひいらぎ」の上映

 

 

ジャリル・スルタノフ館長ほかご家族の皆様との交流会は

非常に有意義な時間となりました。

 

シベリア抑留という負の歴史が縁となり、

このような交流をきっかけに

平和への想いを世界へ未来へと繋いでゆくことは

とても重要なことであると考えています。

 

さらなる親睦を深める事ができました。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

H30.10.07 はじめての「舞鶴引き揚げの日」に平和祈念式典を開催しました

 

 

舞鶴引揚記念館開館30年・引揚最終船入港60年

舞鶴引き揚げの日制定記念

「平和祈念式典」と「スルタノフ館長との交流」

~平和への願いを未来へつなぐメッセージ~

 

 

引き揚げやシベリア抑留の史実と

13年間にわたり温かく引揚者を迎え入れた

まちの歴史を次世代へ継承するとともに

平和意識の高揚を図り、世界の恒久平和を念願することを目的に

 

引き揚げ第一船「雲仙丸」の入港日である

10月7日が「舞鶴引き揚げの日」に制定され、

 

その日に「平和祈念式典」を開催いたしました。

 

 

 

様々な想いを胸に、恒久平和を願うため、

関係機関や団体、市内小中学生など

約300人の皆様に参加いただきました。

 

 

 

舞鶴市長の式辞から始まった式典の様子

 

 

引き揚げ当時、舞鶴市民は引揚者の方々に

お茶のふるまいや生け花などで

温かくお迎えをした歴史があります。

 

その歴史と当時の舞鶴市民の方々の想いを受け継ぎ

献茶と献花をおこないました。

 

 

地元の若浦中学校 生徒会代表による平和へのメッセージ

地元の大浦小学校 児童会代表による平和へのメッセージ

 

国内外よりご臨席をいただいた皆様の紹介の後、

若浦中学校の生徒による合唱が行われました。

 

 

閉式の後、

当時の食体験として、

舞鶴・引き揚げ語りの会 と 舞鶴文化協会茶道連盟 のご協力で

コーリャンのお粥とふかし芋、呈茶のふるまいをいたしました。

 

 

 

 

今年度の平和祈念式典は、

未来を担う次世代も多く参加し

平和への願いを発信する機会として

素晴らしい式典となりました。

 

 

今後も当館は

薄れゆく海外引揚事業の史実と、

再び繰り返してはならない戦争の悲惨さ、

そして平和への願いを発信するため、

尽力してまいります。

 

 

開館30周年記念・ICOM舞鶴ミーティング2018開催記念  舞鶴引揚記念館 ナイトミュージアム の開催

8月11日(祝・山の日)に予定をしております「舞鶴引揚記念館 ナイトミュージアム」の内容が下記のとおり決定しましたのでお知らせいたします。

1趣旨

第2次大戦後の引き揚げやシベリア抑留、多くの引揚者をあたたかくお迎えした舞鶴市民

のおもてなしの歴史などを広く周知する機会を作るため、通常開館に加えて夜間開館する。

また、9月30日に開催される ICOMプレ大会「舞鶴ミーティング2018」の前に機運を

高め、身近な博物館として関心を寄せてもらえるよう、イベントを実施する。

2開催日時等

日 時:平成30年8月11日(祝・山の日)  17時~21時

場 所:引揚記念公園・舞鶴引揚記念館

入館料:無料

 3.実施概要

(1)テーマ

 「光と音で繋ぐそれぞれの想い」をテーマに、夜のイベントの特徴を生かした「光」と参加者が奏でる「音(声)」を中心とした催しを実施します。

(2)プログラム 都合により時間を変更することがあります。

 

 

(3)主な内容紹介 ※プログラムと平面図参照

 

 

 

 

 

引揚記念館内での催し

 

①【紙芝居の読み聞かせ】

(出演者等)

・高校生語り部

(内容)

・紙芝居の実演。演目「クロの物語~シベリア抑留者とともに~」

(場所)

・セミナールーム

[中学生語り部のデビュー]

平成29年度「語り部養成講座」を受講した中学生8名は、現在、引揚記念館内で実践研修を行っています。

ナイトミュージアムで、一般の来館者に初めて語り部活動を行う予定です。

※当日参加ができる生徒のみです

 

 

 

 

 

 

 

 

②【引揚劇「今君帰る」】

(出演者等)

・舞鶴引揚記念碑を守る会…引き揚げの母と呼ばれた故田端ハナ氏が初代会長を務めた。引揚記念公園にある「あゝ母なる国の碑」の建立趣旨(※1)と引揚者を温かく迎えた市民活動を今に語り継ぐ団体

(内容)

・舞鶴の引き揚げの様子を、当時の写真を交えて伝える劇を創作し、ナイトミュージアムではじめて実演。

・劇名は、田端ハナさんが引き揚げを想い歌った「こだまする引揚船の海鳴りに天地もさけよ今君帰る」からつけた。歌碑が、引揚記念公園内に設置されている。

(場所)

・セミナールーム

 (その他)

8月3日(金)、6日(月)の午前中に中総合会館内5階フレアス舞鶴で練習予定

③【朗読と音楽ユニット】

(出演者等)

・彩~いろどり~

(内容)

・絵本「ななしのごんべさん」の朗読にピアノや大正琴の音色が盛り込まれた朗読と音楽のコラボ。

(場所)

・セミナールーム

④【発見ミュージアム】

(出演者等)

・舞鶴あそび隊……舞鶴市子育て交流施設あそびあむを拠点に、身近にある物などを使ってのシンプルな遊びを通じ、人と人のつながりを大切にする活動をしている団体。

(内容)

・展示室の照明を暗くした中、懐中電灯(LED仕様)の明かりを頼りに、指定された展示物を写真や詳細な資料説明をもとに探しあてる

(場所)

・展示室 ※18時、19時、20時の3回実施。各30分

⑤【ミニライブ】 出演者調整中

 

引揚記念公園での催し

 

⑥【展望台夜間開放】

(内容)

・普段は照明がなく、夜間行くことができない展望広場への園路を、イルミネーションで美しく飾ります。

・展望広場からは、ライトアップされ海に浮かびあがったクレインブリッジを眺めることができ、特別な写真スポットにもなります。

 

⑦【平和を願うキャンドルイルミネーション・バルーンツリー】

(内容)

・キャンドルポットに平和を願うメッセージの紙を巻き付け浮かび上がらせる約1000個のキャンドルイルミネーション※LEDキャンドル使用

平和を願うメッセージを書いた光る風船で、樹木などを飾る。

(場所)

・引揚記念公園内(円形広場ほか)

(その他)

平和を願うメッセージは、8月1日からイベント当日まで、来館者に書いてもらうコーナーを引揚記念館に設置中。

・公園内を平和の光でいっぱいにする

 ⑧【ミニライブ】 出演者調整中

 

⑨【ナイトパークシアター】

(内容)

・引揚記念館の壁面を利用して映像等を投影

・音楽劇「君よ生きて」(一部)の上映ほか

 

その他の催し

⑩【引揚援護局メニューの再現】

(内容)

・舞鶴地方引揚援護局閉局60年を記念し、「舞鶴地方引揚援護局史」(昭和36年刊行 厚生省)に記録されている食事の献立を再現。当日、舞鶴引揚記念館「ベルカフェ」で各10食限定で「援護局・お帰り御飯」として販売する。

 

≪昭和23年昼食イワシのつみれ汁≫ メニュー:佃煮、飯、魚団子汁 提供値段:500円
≪昭和24年夕食コンビーフのすき焼≫ メニュー:飯、すき焼、佃煮、佃煮、茶、練乳と脱脂粉乳のゼリー 提供値段:700円

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⑪【なつかし「冷やしあめ」の販売】

舞鶴引揚記念館「ベルカフェ」で、昔なつかしい「冷やしあめ」をイベント限定販売。

営業は21時まで。

 

4 その他

イベント開催時間中(17時~21時)は入館料無料 (9時~17時は通常開館)

 

 

≪参考≫

(※1)

「あゝ母なる國」の碑について

【記念碑建立の経過】

昭和三十五年頃から、愛するわが子を戦いのために失った老父母、留守家族の方々、無事帰国した引揚者、出迎えに奉仕した者たちが当時貧しい生活の中から、百円募金多くても五百円位のお金を出しあって、やっとこの引揚記念碑が出来たのです。来賓や多くの方を招待する余裕もなく、特にこの碑の建立に魂を打ちこまれた特定の留守家族や親族及び関係者によって、ささやかな除幕式を行い、完成を喜びあいました。

(『あゝ母なる國舞鶴と戦後女性達のあゆみ』1ページより)

 

昭和三十八年五月十八日、当時の大浦中学校のすぐ前の小高い丘の上に、かつて引揚援護局勤務であり、御令息は市役所へおつとめの桜井様の御好意により、粗末ながらも心温まる記念碑「ああ母なる国」が建立されたのであります。その後記念碑老朽化のため、本会から特にお願いして、銘文又文字もそのままを石に刻み、舞鶴市当時の立道市長様が、引揚記念公園に建て替えて下さいました。

(『あゝ母なる國舞鶴と戦後女性達のあゆみ』2ページより)

 

※記念碑が引揚記念公園に移転したのは、昭和53(1978)年4月28日。

 

【裏面にある碑文】

全国引揚運動の父有田八郎 守山久次郎両先生の義に合掌し 舞鶴市民特に舞鶴地区婦人団体 旧舞鶴引揚援護局員の引揚者援護の愛情に感謝し 今日も帰らぬ同胞の望郷の霊を慰めつゝ 岸壁の妻の嘆きをこゝにとどめ 人類永遠の平和を希うのあまり 海外引揚者有志たちがこれを建てる

昭和三十八年五月十八日