終了しました。令和5年度 第2回企画展 「労働と労働の合間に」の開催について

本展では、当館が所蔵する回想記録絵画において最も多い242点の作品を遺されたシベリア抑留体験者・吉田勇氏の作品を通して、厳しい抑留の様子をお伝えするとともに、過酷な環境下の中にも労働の合間には心休まる瞬間があったことを紹介します。

 

展示期間  令和5年9月2日(土)~ 令和5年11月5日(日)

 ※展示期間中の休館日:毎週水曜日

場  所  舞鶴引揚記念館 企画絵画展示室

(企画展は無料。別途入館料が必要です)

展示内容

シベリア抑留では過酷な環境下においても、労働と労働の合間の休息時間、ソ連の人びととの交流など、そうした時には緊張感や不安感から解放され心休まる瞬間があったことはあまり知られていません。

どのような環境下においても人が生きる上で精神的な支えや安寧がとても大切であることが収蔵絵画を通じてお伝えできればと思います。

展示資料 

 【総点数 19点】

・素描  15点  ・油彩   3点  ・着彩   1点

 

  ❖  吉田 勇 氏 略歴  ❖

  大正12年(1923)12月 奈良県大和高田市生まれ

  昭和19年(1944)10月 現役入隊後、満洲へ渡る

  昭和20年(1945)終戦後、ウラジオストックの北約100㎞に位置する町

            ヴォロシーロフ(現 ウスリースク)などに抑留される

  昭和22年(1947)7月 英彦丸で舞鶴に帰還。復員(帰還)後は奈良県内

                                  米穀商や映画館経営などをおこなう

  昭和62年(1987)吉田勇氏より回想記録画5点を舞鶴市に寄贈

  平成12年(2000)6月14日 逝去 76歳

  平成25年(2013)5月20日 ご家族より回想記録画237点を寄贈

    『天幕張り』

制作 1988年     素描

ウラジオストックから帰国してもらうが、婦女子を先行させるとので、君たちはここで待機していてもらうということで、連れてこられたルイチキという大平原の真只中で仮の宿舎としての天幕はりを各分隊毎にすることになった。我々は、帰国までもうしばらくのことがと信じていたので分隊競いあって、天幕はりに従事したものであった。

昭和20年9月初旬

画集「一兵士のダモイへの道」より

『収容所見物のソ連人』

制作 1984年   素描

ウォロシロフ収容所の頃は作業より帰所し夕食までの短時間にソ連人によくタバコをせびりに行ったものである。中略〉そのごろのソ連人は満州より略奪してきた背広を着用しており、襟元を裏返しにすれば日本人名が見える。〈中略〉中には私らの眼から見れば余りにもトンチンカンな改装もあり笑ったものだ。

昭和21年5月頃

画集「一兵士のダモイへの道」より

『火打石』

制作 1984年  素描

ソ連労働者と一緒になり作業中の休憩のとき、ソ連人よりタバコを分けて貰った。火をつけるのはどうするかと見ていると原始的な火打石即ちロシア式ライターを巧みに使うのには感心した。あの時のマホルカの味は実にうまかった。

昭和22年5月頃

画集「一兵士のダモイへの道」より

チラシ表面
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チラシ裏面

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