「引き揚げを知ろう スペシャルデー」 

「引き揚げを知ろう スペシャルデー」 

 終戦記念日である8月15日に、クイズラリーや語り部ツアー、東京オリンピックのホストタウンとして交流が進むウズベキスタン共和国出身のチェロ演奏家アクマール・イルマートフ氏による特別演奏会、夜の博物館を特別に開館するナイトミュージアムなど、朝から夜まで実施する様々なイベントを通して、引き揚げの史実を楽しく知っていただき、平和の尊さについて考えて頂くきっかけとするため、「引き揚げを知ろう スペシャルデー」を開催します。

なお、当日は終日、入館料が無料となります。


1.日時 令和3年8月15日(日) 11:00~21:00

2.会場 舞鶴引揚記念館

3.スケジュール

■11:00~20:00 「引き揚げクイズラリー」

内 容:館内を巡りながらクイズを解くゲーム

■11:00~11:30/13:30~14:00「引き揚げってなに??(館内語り部ツアー)

内 容:NPO法人舞鶴・引揚語りの会による約30分間の案内付きツアー

特 典:参加者には「引揚記念館オリジナルペン」をプレゼント

■12:00~12:30 「平和の鐘を鳴らそう」(舞鶴ユネスコ協会実施)

例年、終戦記念日である8月15日の正午に黙とうの後、館内の引揚船「興安丸」の時鐘を平和を祈念し、来館者とともに点打します。

■14:00~15:30 抑留から交流へ平和の祈り

 ~ウズベキスタン出身チェロ奏者による演奏とトークタイム~

内 容:ウズベキスタン出身のチェロ演奏家アクマール・イルマートフ氏による

チェロ演奏と本市国際交流員アルトゥール氏とのトークタイム

定 員:40名(当日受付先着順)

      演奏者プロフィール 

アクマール・イルマートフ氏

1990年、ウズベキスタン・タシケント生まれ。6歳から音楽教育を受け、タシケント音楽院卒業後、米国に留学。リン大学(フロリダ州)で音楽学修士号を取得。コンクールの入賞歴多数。

札幌の国際教育音楽祭「PMF」(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)に2014年、2016年、2019年参加し、19年には世界的指揮者ゲルギエフ指揮の演奏会で首席奏者を務める。2019年8月から兵庫芸術センター管弦楽団(西宮)のコアメンバー。兵庫県宝塚市在住。

 

■17:00~21:00 ~星に届ける平和の願い~ナイトミュージアム(夜間特別開館)

夜の館内を巡る発見ミュージアムや紙芝居の読み聞かせ、公園ではキャンドルイルミネーションやLED付の風船に平和のメッセージを添えて夜空を彩るライトバルーンなど、いつもと違う夜の博物館をお楽しみください。

◆内 容◆

◇紙芝居の読み聞かせ(NPO法人舞鶴・引揚語りの会)

◇発見ミュージアム(舞鶴あそび隊。夜のミュージアムを探検。)

◇ライトバルーン(みんなの願いを込めたバルーンを夜空に飛ばします)

◇キャンドルイルミネーション(館前を平和の光で彩ります)

◇チェロの夕べ(アクマール・イルマートフ氏によるチェロの演奏)

◆タイムスケジュール◆

17:00 ~ オープニング&紙芝居読み聞かせ
17:30 ~ 発見ミュージアム
18:00 ~ 紙芝居読み聞かせ
18:30 ~ 発見ミュージアム
19:00 ~ チェロの夕べ
20:00 ~ ライトバルーン
       21:00 終了

ライトバルーン

(昨年の様子)

キャンドルイルミネーション

(昨年の様子)

紙芝居読み聞かせ

(昨年の様子)

 

 

 

舞鶴引揚記念館 令和3年度 第2回企画展『こどもたちのお出迎え』開催について

戦後の混乱の中、海外から引き揚げてきた人々を舞鶴の小・中学校のこどもたちは「おかえりなさい」「ごくろうさまでした」と手や旗を振ってお出迎えをしました。また、引揚援護局へ出向いて歌やお遊戯などの慰問も行いました。こどもたちの愛らしく一生懸命な姿は故郷へ思いをはせ、新たな一歩を踏み出そうとしている引揚者の心を和ませました。本企画展では、引揚援護局内の様子やこどもたちの慰問、引揚直後の人々などを当時の絵画や手記、写真などの資料でご紹介します。

 
PDFはコチラ  

【展示期間】

令和3年7月31日(土)~ 令和3年9月26日(日)

※展示期間中の休館日:9月16日(木)

 

【場所】 

舞鶴引揚記念館 企画絵画展示室 (企画展は無料。別途入館料が必要です)

 

【展示資料 総点数 39点】

 

【主な展示資料】

・こどもの慰問等の写真パネル

舞鶴市内の小中学校の児童・生徒による慰問の様子の写真

児童たちは、学校が終わってからトラックやバスに乗せられて引揚援護局にて歌や踊り、お遊戯を披露した。

・感謝状(文部大臣から)                                          

昭和29年(1954)大浦中学校に対して、当時の文部大臣 大達茂雄から引揚邦人に対しておこなった引揚者のお迎えや歌、踊りの慰問といった数々の努力に対して贈られた感謝状。市内の他の学校では感謝状が贈られた記録は残るが、現存はしていない。

・当時の公文書やメモ

昭和28年(1953)に中国地方からの引揚者が入港するのに伴い、市を挙げて引揚者の歓迎会の催しが計画された。この時の引揚者の中には多くの就学年齢の子供がいたため、市内の小中学校から歓迎の慰問が計画され、児童や教諭も参加した。

・引揚者を迎える歌(若浦中学校) DVDなど

若浦中学校の前身である大浦中学校では、引揚船が入港する度にお迎えに繰り出し、引揚者を迎える歌を歌って歓迎した。現在の若浦中学校では、その歌を復元して令和元年から平和祈念式典などで披露している。

・援護局を描いた絵画

舞鶴港

羽根田光雄 氏

DDT消毒

羽根田光雄 氏

大浴場

羽根田光雄 氏

舞鶴での食事

羽根田光雄 氏

                               

羽根田光雄 氏プロフィール

明治43年(1910)    宮城県に生まれる

昭和10年(1935)    東京石川島造船所(現石川島播磨重工)入社

昭和20年(1945)    満州石川島重工出向する。8月に現地招集後、ソ連に抑留

昭和22年(1947)    舞鶴に帰国、石川島重工に復帰

平成10年(1998)  逝去

平成27年(2015)    引揚記念館に寄贈した絵画50点がユネスコ世界記憶遺産に登録

 

【ウズベキスタン柔道選手団事前合宿のおもてなし】

 

 引き揚げが縁となって交流が進む舞鶴市とウズベキスタン共和国。
 ウズベキスタン共和国レスリング、柔道のホストタウンである舞鶴市には、現在、柔道チームの事前合宿が行われています。
 会場となっている体育館には、地元高校の書道部員による「歓迎作品」が並んでいます。直接伝えることができない「頑張って」の気持ちを作品に込め、選手団の健闘を応援しています。
 東舞鶴高校、西舞鶴高校の書道部の皆さん、ありがとうございました。選手へのプレゼントとなる扇子にもメッセージを記入してくれました。

 【作品の展示の様子】

≪西舞鶴高校書道部の皆さん≫

≪東舞鶴高校書道部の皆さん≫

選手にプレゼントした扇子➡

終了しました。☆ 七夕イベント~星に願いを~開催のお知らせ ☆

「七夕」という身近なイベントを通じて、改めて平和の大切さについて考えていただく機会となればという思いを込めて、今年も平和へのメッセージや願い事を託した短冊の飾りつけを行います。

今年は「引き揚げの日」ロゴマークの入った短冊に、地域の子供たちや記念館へお越しいただいたみなさんの、想いや願いをご記入いただき、星に願いを届けます。

皆さんもぜひご参加ください!

 

昨年の様子

《協力》NPO法人  舞鶴・引揚語りの会、 平こども園、大浦小学校、朝来小学校、 若浦中学校、 来館者のみなさん

 

 

【期間】令和3年7月1日(木)~7日(水)

【内容】平こども園児や、大浦小学校および朝来小学校児童、若浦中学校生徒が作成した平和のメッセージや願い事を書いた短冊を笹に飾り館内に展示します。また、来館者のみなさんが作成した平和へのメッセージや願い事を書いた短冊も笹に飾りつけます。

 

 

※イベント期間中、メッセージを書いていただいた方には

引揚記念館のオリジナル記念品を進呈させていただきます❕

 

 

 

引揚語り部養成講座(令和2年度募集分)が修了しました!

 

 令和3年6月26日(土)、引揚語り部養成講座修了式を開催しました。
 今回の講座は令和3年2~3月に開講予定でしたが、緊急事態宣言の発出等により、予定が大きく変更となり、受講生の皆様にはご迷惑をおかけしました。このような中、中学生・高校生11名を含む24名の方が講座を修了され、語り部として、新たなスタートをきられました。
 当館が引き揚げの史実と平和の尊さを語り継いでいく上で、語り部の皆様には大きな役割を果たして頂いており、体験者から受け取ったバトンを大切に繋いで頂いているのが、当講座を受講された皆様です。
 修了生の皆様の今後の活躍を期待しております。

~講座の様子~

~学芸員の担当講座~

            
              
              ~語り部実習~

 

           ~修了式(修了証書授与)~
~市長あいさつ~

開館時間のお知らせ

【開館時間のお知らせ】

6月21日(月)より、開館時間が通常に戻ります。

感染防止対策を徹底した上で、下記のとおり開館します。

開館: 2021年6月21日(月)より

9時~17時(最終のご入館16時30分)

休館日 毎月第3木曜日(8月と祝日を除く)・年末年始

 

【ご来館の皆様へ】

新型コロナウイルス感染拡大防止対策へのご協力をお願いいたします。

1. 次の項目にあてはまる方はご来館をお控えいただきますようお願いいたします。※発熱や継続的な咳症状、体調不良の方

2.  来館の際は、マスクの着用、手指の消毒、咳エチケットにご協力をお願いします。

3. 出入口に手指用アルコール消毒液を設置していますのでご利用ください。また、こまめな手洗いにご協力をお願いします。

4. 感染防止のため、スタッフはマスクを着用しますのでご了承ください。

5. 館内の混雑時には入場を制限する場合があります。

6.入館の際にサーマルカメラでの検温を実施しております。

※ご来館の皆様にはご不便おかけしますが、何卒ご理解・ご協力お願いします。

 

終了しました。舞鶴引揚記念館 令和3年度 第1回企画展『太平洋戦争開戦80年 開戦と満洲と抑留と』の開催について

今年は太平洋戦争(大東亜戦争)開戦から80年にあたります。真珠湾攻撃、マレー作戦に始まったこの戦争は、終戦直前の満洲侵攻へと続きシベリア抑留へとつながりました。

 当館に収蔵している絵画や絵葉書を中心に開戦から終戦・抑留まで振り返り、ちばてつや氏など著名漫画家がみた開戦後の満洲の姿をたどります。

 

 


 ※ PDFはコチラ

展示期間 令和3年4月17日(土)~ 令和3年7月25日(日)

開館時間 午前9時~午後5時(最終入館は午後4時30分まで)

 

     ※展示期間中の休館日:5月20日(木)6月17日(木)7月15日  (木)

会  場 舞鶴引揚記念館 企画絵画展示室

      (企画展は無料。別途入館料が必要です)

展示資料点数 約45点

      回想記録画およびさし絵16点、絵葉書16点、出征の旗10点、他

 

主な展示作品

「はじめて見た日本は箱庭みたいに

きれいだった」 赤塚富士夫氏絵画

「キョロキョロ、何かおもしろいもの

はないかな」 ちばてつや氏絵画

 

 

開館再開のお知らせ

【開館再開のお知らせ】

緊急事態宣言延長を受けて、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、臨時休館させていただいておりましたが、感染防止対策を講じた上で6月12日より開館致します。

 

開館: 2021年6月12日(土)より

 9時~16時(最終のご入館15時30分)

 の時間短縮での開館(~6/20まで)

 

【ご来館の皆様へ】

新型コロナウイルス感染拡大防止対策へのご協力をお願いいたします。

1. 次の項目にあてはまる方はご来館をお控えいただきますようお願いいたします。

  • 発熱や継続的な咳症状、体調不良の方

2.  来館の際は、マスクの着用、手指の消毒、咳エチケットにご協力をお願いします。

3. 出入口に手指用アルコール消毒液を設置していますのでご利用ください。また、こまめな手洗いにご協力をお願いします。

4. 感染防止のため、スタッフはマスクを着用しますのでご了承ください。

5. 館内の混雑時には入場を制限する場合があります。

6.入館の際にサーマルカメラでの検温を実施しております。

※ご来館の皆様にはご不便おかけしますが、何卒ご理解・ご協力お願いします。

市内公共施設の対応状況はコチラ

抑留から交流へ! ~ウズベキスタン共和国との交流物語②~

舞鶴市は東京オリンピックに参加するウズベキスタンのホストタウンとして、スポーツや文化などの様々な分野で交流を続けてきています。

引き揚げが縁で結ばれた、ウズベキスタンと私たちの物語をご紹介させていただきます。

舞鶴港への引き揚げ

第二次世界大戦が終わった後、満州 (現・中国東北部)や朝鮮半島をはじめ南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されており、これらの方々の帰国事業 “引き揚げ”が開始され ました。呉をはじめ順次18港の引揚港が全国に次々と設置され、舞鶴もその役割を担うこととなり、主に旧満州や朝鮮半島、シベリアからの引揚者・復員兵を迎え入れる港となりました。

ナボイ劇場を建設した455人の日本人抑留者のほとんどが、舞鶴港に引き揚げてこられました。船から見える緑の山々や出迎えの着物姿の日本人を見て涙を流されたそうです。「第4ラーゲル」の隊長 であった永田行夫さん(大尉)も舞鶴港に引き揚げてこられました。

永田さんは、日本に帰国後も第4ラーゲルの抑留者と連絡が取れるように、名簿を作成しようとされました。普通なら収容所で紙に名前、住所を書いて持って帰れば良いのですが、この時代は違いました。もしその名簿がソ連兵に見つかれば、廃棄されるか、最悪の場合何かの暗号か何かに間違えられ、スパイとして再び収容所送りになるかもしれません。永田さんは、455名の名前・住所・番地をすべて暗記して日本に帰国。家族と会うと暗記した名前を忘れてしまうのではと考えた永田さんは、一刻も早く、自宅に帰りたい気持ちを抑えて、上陸の後、舞鶴に宿泊し、名簿として紙に書き出されたそうです。

 

タシケント第4ラーゲル会結成

その名簿をもとに「タシケント第4ラーゲル会」が結成され、昭和24年から平成21年まで61回にわたって毎年1回交流会が開かれ、平成3年には引揚記念館に「第4ラーゲル会」の桜の記念植樹を残していただいています。

また、第4ラーゲル会のメンバーの新家苞(にいの み しげる)さんからは、抑留当時の衣服等の資料やウズベ キスタンへの墓参の際に入手されたナボイ劇場のれんがなど、貴重な資料をご寄贈いただきました。

れんがは現在、赤れんが博物館の「日本人とナボイ劇場」のコーナーに展示してあります。 しかし、今では永田さんを始めとした「第4ラーゲル会」の方は大部分がお亡くなりになっておられ、史実をお伺いできる方も数人となっておられます。

 抑留者が残した名誉

1966年、ウズベキスタンの首都タシケントは約70%の住宅や建築物が倒壊する大地震に見舞われました。大きな被害が出るなか、ナボイ劇場をはじめ日本人抑留者が建築に携わった建物の多くは地震に耐え、ほぼ無傷で立ち続け、家を失った人達の避難所として活用されるなど、 多くの人の命を救いました。

現在でもナボイ劇場はもちろん、日本人がつくった発電所や建物が現役で使われており、今でもウズベキスタンでは「地震が来たら、日本人がつくった建物に逃げろ!」と語り継がれているそうです。

このように、本来なら日本への帰国していたであろうなか、過酷な環境下での強制労働、帰国の見込みも立たない抑留という絶望的な状況の中でも、日本人抑留者たちは実直・勤勉に仕事に励み、たとえ日本に帰れなくてもウズベキスタン国民に手本とされるような行動をとり、大地震でも倒れない建物を建てることで、自分たちの名誉を残そうとしました。

また、ウズベキスタンの市民から受けた恩に対しては精一杯の感謝を伝えようとしました。 戦後、この地で強制労働に従事した抑留者一人ひとりの行動が、ウズベキスタンの人々に深い感銘を残し、日本人のイメージとなって、今の日本に対する友好的な気持ちの形成につながっています。

 

 

 

臨時休館 延長のお知らせ

【休館のお知らせ】

緊急事態宣言延長の発令にともない「新型コロナウイルス感染予防や拡大防止」の観点から、6月20日(日)まで休館を再延長いたします。

 

休館期間:令和3年6月20日(日)まで

皆様には、ご迷惑をおかけしますが、ご理解いただきますようお願い申しあげます。

※なお、今後の状況により、期間が変更になる場合がございますので、ご了承ください。

 

 

舞鶴市内公共施設の対応状況一覧(別ウインドウで開く)