【ウズベキスタン柔道選手団事前合宿のおもてなし】

 

 引き揚げが縁となって交流が進む舞鶴市とウズベキスタン共和国。
 ウズベキスタン共和国レスリング、柔道のホストタウンである舞鶴市には、現在、柔道チームの事前合宿が行われています。
 会場となっている体育館には、地元高校の書道部員による「歓迎作品」が並んでいます。直接伝えることができない「頑張って」の気持ちを作品に込め、選手団の健闘を応援しています。
 東舞鶴高校、西舞鶴高校の書道部の皆さん、ありがとうございました。選手へのプレゼントとなる扇子にもメッセージを記入してくれました。

 【作品の展示の様子】

≪西舞鶴高校書道部の皆さん≫

≪東舞鶴高校書道部の皆さん≫

選手にプレゼントした扇子➡

引揚語り部養成講座(令和2年度募集分)が修了しました!

 

 令和3年6月26日(土)、引揚語り部養成講座修了式を開催しました。
 今回の講座は令和3年2~3月に開講予定でしたが、緊急事態宣言の発出等により、予定が大きく変更となり、受講生の皆様にはご迷惑をおかけしました。このような中、中学生・高校生11名を含む24名の方が講座を修了され、語り部として、新たなスタートをきられました。
 当館が引き揚げの史実と平和の尊さを語り継いでいく上で、語り部の皆様には大きな役割を果たして頂いており、体験者から受け取ったバトンを大切に繋いで頂いているのが、当講座を受講された皆様です。
 修了生の皆様の今後の活躍を期待しております。

~講座の様子~

~学芸員の担当講座~

            
              
              ~語り部実習~

 

           ~修了式(修了証書授与)~
~市長あいさつ~

開館時間のお知らせ

【開館時間のお知らせ】

6月21日(月)より、開館時間が通常に戻ります。

感染防止対策を徹底した上で、下記のとおり開館します。

開館: 2021年6月21日(月)より

9時~17時(最終のご入館16時30分)

休館日 毎月第3木曜日(8月と祝日を除く)・年末年始

 

【ご来館の皆様へ】

新型コロナウイルス感染拡大防止対策へのご協力をお願いいたします。

1. 次の項目にあてはまる方はご来館をお控えいただきますようお願いいたします。※発熱や継続的な咳症状、体調不良の方

2.  来館の際は、マスクの着用、手指の消毒、咳エチケットにご協力をお願いします。

3. 出入口に手指用アルコール消毒液を設置していますのでご利用ください。また、こまめな手洗いにご協力をお願いします。

4. 感染防止のため、スタッフはマスクを着用しますのでご了承ください。

5. 館内の混雑時には入場を制限する場合があります。

6.入館の際にサーマルカメラでの検温を実施しております。

※ご来館の皆様にはご不便おかけしますが、何卒ご理解・ご協力お願いします。

 

開館再開のお知らせ

【開館再開のお知らせ】

緊急事態宣言延長を受けて、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、臨時休館させていただいておりましたが、感染防止対策を講じた上で6月12日より開館致します。

 

開館: 2021年6月12日(土)より

 9時~16時(最終のご入館15時30分)

 の時間短縮での開館(~6/20まで)

 

【ご来館の皆様へ】

新型コロナウイルス感染拡大防止対策へのご協力をお願いいたします。

1. 次の項目にあてはまる方はご来館をお控えいただきますようお願いいたします。

  • 発熱や継続的な咳症状、体調不良の方

2.  来館の際は、マスクの着用、手指の消毒、咳エチケットにご協力をお願いします。

3. 出入口に手指用アルコール消毒液を設置していますのでご利用ください。また、こまめな手洗いにご協力をお願いします。

4. 感染防止のため、スタッフはマスクを着用しますのでご了承ください。

5. 館内の混雑時には入場を制限する場合があります。

6.入館の際にサーマルカメラでの検温を実施しております。

※ご来館の皆様にはご不便おかけしますが、何卒ご理解・ご協力お願いします。

市内公共施設の対応状況はコチラ

抑留から交流へ! ~ウズベキスタン共和国との交流物語②~

舞鶴市は東京オリンピックに参加するウズベキスタンのホストタウンとして、スポーツや文化などの様々な分野で交流を続けてきています。

引き揚げが縁で結ばれた、ウズベキスタンと私たちの物語をご紹介させていただきます。

舞鶴港への引き揚げ

第二次世界大戦が終わった後、満州 (現・中国東北部)や朝鮮半島をはじめ南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されており、これらの方々の帰国事業 “引き揚げ”が開始され ました。呉をはじめ順次18港の引揚港が全国に次々と設置され、舞鶴もその役割を担うこととなり、主に旧満州や朝鮮半島、シベリアからの引揚者・復員兵を迎え入れる港となりました。

ナボイ劇場を建設した455人の日本人抑留者のほとんどが、舞鶴港に引き揚げてこられました。船から見える緑の山々や出迎えの着物姿の日本人を見て涙を流されたそうです。「第4ラーゲル」の隊長 であった永田行夫さん(大尉)も舞鶴港に引き揚げてこられました。

永田さんは、日本に帰国後も第4ラーゲルの抑留者と連絡が取れるように、名簿を作成しようとされました。普通なら収容所で紙に名前、住所を書いて持って帰れば良いのですが、この時代は違いました。もしその名簿がソ連兵に見つかれば、廃棄されるか、最悪の場合何かの暗号か何かに間違えられ、スパイとして再び収容所送りになるかもしれません。永田さんは、455名の名前・住所・番地をすべて暗記して日本に帰国。家族と会うと暗記した名前を忘れてしまうのではと考えた永田さんは、一刻も早く、自宅に帰りたい気持ちを抑えて、上陸の後、舞鶴に宿泊し、名簿として紙に書き出されたそうです。

 

タシケント第4ラーゲル会結成

その名簿をもとに「タシケント第4ラーゲル会」が結成され、昭和24年から平成21年まで61回にわたって毎年1回交流会が開かれ、平成3年には引揚記念館に「第4ラーゲル会」の桜の記念植樹を残していただいています。

また、第4ラーゲル会のメンバーの新家苞(にいの み しげる)さんからは、抑留当時の衣服等の資料やウズベ キスタンへの墓参の際に入手されたナボイ劇場のれんがなど、貴重な資料をご寄贈いただきました。

れんがは現在、赤れんが博物館の「日本人とナボイ劇場」のコーナーに展示してあります。 しかし、今では永田さんを始めとした「第4ラーゲル会」の方は大部分がお亡くなりになっておられ、史実をお伺いできる方も数人となっておられます。

 抑留者が残した名誉

1966年、ウズベキスタンの首都タシケントは約70%の住宅や建築物が倒壊する大地震に見舞われました。大きな被害が出るなか、ナボイ劇場をはじめ日本人抑留者が建築に携わった建物の多くは地震に耐え、ほぼ無傷で立ち続け、家を失った人達の避難所として活用されるなど、 多くの人の命を救いました。

現在でもナボイ劇場はもちろん、日本人がつくった発電所や建物が現役で使われており、今でもウズベキスタンでは「地震が来たら、日本人がつくった建物に逃げろ!」と語り継がれているそうです。

このように、本来なら日本への帰国していたであろうなか、過酷な環境下での強制労働、帰国の見込みも立たない抑留という絶望的な状況の中でも、日本人抑留者たちは実直・勤勉に仕事に励み、たとえ日本に帰れなくてもウズベキスタン国民に手本とされるような行動をとり、大地震でも倒れない建物を建てることで、自分たちの名誉を残そうとしました。

また、ウズベキスタンの市民から受けた恩に対しては精一杯の感謝を伝えようとしました。 戦後、この地で強制労働に従事した抑留者一人ひとりの行動が、ウズベキスタンの人々に深い感銘を残し、日本人のイメージとなって、今の日本に対する友好的な気持ちの形成につながっています。

 

 

 

臨時休館 延長のお知らせ

【休館のお知らせ】

緊急事態宣言延長の発令にともない「新型コロナウイルス感染予防や拡大防止」の観点から、6月20日(日)まで休館を再延長いたします。

 

休館期間:令和3年6月20日(日)まで

皆様には、ご迷惑をおかけしますが、ご理解いただきますようお願い申しあげます。

※なお、今後の状況により、期間が変更になる場合がございますので、ご了承ください。

 

 

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抑留から交流へ! ~ウズベキスタン共和国との交流物語①~

舞鶴市は東京オリンピックに参加するウズベキスタンのホストタウンとして、スポーツや文化などの様々な分野で交流を続けてきています。

交流のきっかけとなったのは、平成28年1月に、日本人抑留者資料館長の方が舞鶴に来て頂いたことでした。不思議な縁で結ばれた、ウズベキスタンと私たちの物語をご紹介させていただきます。

ウズベキスタンってどんな国?

ウズベキスタンは日本からおよそ 6,400㎞離れた中央アジアに 位置しており、面積は日本のおよそ1.2倍、人口は約3,000万人、1991年にソビエト連邦(以降、 ソ連)崩壊に伴い独立した国で、世界に2つしかない「二重内陸国」です。海へと出るためには国を2つ越える 必要があります。(もう一つはリヒテ ンシュタイン)

そんな、ウズベキスタンには「日本人のようになりなさい」という言葉が語り継がれています。なぜ日本から遠く離れた縁もゆかりもないような国で、「日 本人のようになりなさい」という言葉が語り継がれているのでしょうか。 親日意識は「シベリア抑留と海外引揚」から。その理由は「シベリア抑留と海外引揚」にありました。  

親日意識は「シベリア抑留と海外引揚」から

今から約76年前、第2次世界大戦末期のことです。

1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受け入れて降伏しましたが、8月23日までソ連軍の侵攻は続き、ソ連は、その戦闘の中で捕虜となった人々を各地に抑留し、強制労働に従事させました。「シベリア抑留」です。

抑留者は、シベリアや中央アジアなど各地に送られ、森林伐採や道路整 備、建物建築といった様々な重労働を課せられました。 抑留地の一つであるウズベキスタンには約25,000 人が送られました。 ウズベキスタンは雨が少なく乾燥し、 夏は最高気温が40度、冬は最低気温 がマイナス20度にもなる、大変厳しい環境の国で、抑留者は水力発電所や学 校などの建設に従事しました。

現在で もオペラやバレエの上演に使用され、 ウズベキスタンの紙幣にも描かれているほど有名な「ナボイ劇場」も1945~46年にかけて457人の抑留者によって建造されました。

ナボイ劇場を建設した抑留者たちは、「第4ラーゲル」と呼ばれる収容所に収容されていましたが、近くに住んでいた人によると「日本人抑留者は朝、整然と隊列を組んで出て、労働が終わった夕方にはまた整然と隊列を組んで帰ってきていた。朝、出かけるときはいつも決まった時間に通るので、彼らの歩く下駄の音を目覚まし時計代わりにしていた人もいるほどだった」 またある人は「彼らの食事は1日300グラムの黒パンと薄いスープだけだった。その黒パンですら労働成績が悪いと減らされることがあったのだとか。ある時、大変な労働でおなかがすいているだろうからと、収容所の柵の間からパンと果物を差し入れたところ、数日後、同じ場所に手作りの木のおもちゃが置かれていた。そのことを母親に伝えると母親にこう言われた。『日本人は勤勉で礼儀正しい。物を作るのも上手いうえに、恩を忘れない人だ。あなたも日本人のようになりなさい。』と。

また、ウズベキスタンの前大統領である故カリモフ氏は、生前こんなことを仰っていたそうです。「子どもの頃、母親に連れられて、毎週末日本人 の収容所に行った。そして、そのたびに同じことを言われた。『息子よ、ごらん、あの日本人の兵隊さんを。ロシアの兵隊が見ていなくても働く。3 人が見ていなくても働く。おまえも大きくなったら、日本人と同じように人が見ていなくても働く人間に必ずなりなさい。』そんな言いつけを守って育ち、今では大統領になれた。」 と。

ナボイ劇場の建設に携わった日本人抑留者457人の内、2人が事故などによって現地で亡くなったそうです。

 

 

臨時休館 延長のお知らせ

【休館のお知らせ】

緊急事態宣言延長の発令にともない「新型コロナウイルス感染予防や拡大防止」の観点から、5月31日(月)まで休館を延長いたします。

 

休館期間:令和3年5月31日(月)まで

皆様には、ご迷惑をおかけしますが、ご理解いただきますようお願い申しあげます。

※なお、今後の状況により、期間が変更になる場合がございますので、ご了承ください。

 

 

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臨時休館のお知らせ

【休館のお知らせ】

緊急事態宣言の発令にともない「新型コロナウイルス感染予防や拡大防止」の観点から、下記の期間を臨時休館させていただきます。

 

休館期間:令和3 年4月25日(日)から令和3年5月11日(火)まで

皆様には、ご迷惑をおかけしますが、ご理解いただきますようお願い申しあげます。

※なお、今後の状況により、期間が変更になる場合がございますので、ご了承ください。

 

 

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桜SAKURA動画を公開中!

 引揚記念公園の桜は、ソメイヨシノ、八重桜、枝垂れ桜が次々に咲き誇り、長い期間、桜SAKURAをお楽しみ頂くことができます。              

八重桜の見ごろは、例年4月20日前後です。