65年前の3月6日に航海練習船の「大成丸」が入港

~引揚船と共に振り返るシベリア抑留~
 65年前、昭和31年(1956年)の3月6日、ナホトカから航海練習船の「大成丸」が19人の引揚者を乗せて舞鶴に入港しました。航海練習船と使われていた「大成丸」はこの時が引揚船として2回目の舞鶴港への入港でした。1回目はこの3ヶ月ほど前で、昭和30年12月11日にナホトカから43人の引揚者を乗せてきています。舞鶴港への引揚船として入港はこの2回だけとなり、合計62名の引揚者にとって思い出の船となっています。
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 ご両親や祖父母が舞鶴に引き揚げて来られた方という方が日本中に沢山おられます。写真を見て思い出されるかもしれません。FBをご覧いただき、シェア頂けると助かります。

2月最後の引揚船入港記念日は「間宮丸」(2月27日)

~引揚船と共に振り返るシベリア抑留~
 75年前、昭和21年(1946年)の2月27日、韓国、釜山を出た「間宮丸」が8人の引揚者を乗せて舞鶴港に着きます。「間宮丸」は翌月、3月21日にも釜山から舞鶴に入港。この時は46人の引揚者を連れて帰ってきており、舞鶴港への入港記録はこの2回のみ。「間宮丸」は、昭和4年建造の、他の引揚船と比較すると小型の63.0×9.9mの貨物船でした。
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2月24日は最初の「英彦丸」と10回目の「興安丸」の入港日

~引揚船と共に振り返るシベリア抑留~
 昭和22年(1947年)2月24日は、大連から「英彦丸」が2,894人の引揚者を乗せて舞鶴港に入港しています。また、8年後の昭和30年(1955年)の同日には中国、天津の海側、塘沽から949人の引揚者を乗せた「興安丸」が舞鶴港に入港しています。「英彦丸」は昭和22年のこの日が初めての舞鶴港への入港でしたが、「興安丸」は昭和28年3月23日の初入港から数えて10回目の舞鶴港でした。
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【1947年の2月23日「永徳丸」が3,071人の命を運んできました】

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 74年前、1947年(昭和22年)2月23日、「永徳丸」が大連から3,071人の引揚者を乗せて舞鶴港に入港しました。「永徳丸」は、このあと15回にわたってナホトカからの引揚者を舞鶴に連れて帰ってきてくれています。「永徳丸」の最後の舞鶴港への入港記録は、2年後、1949年(昭和24年)の11月4日で、「永徳丸」は最初の大連からの引揚者から合わせて総勢35,113人の命を運んで、日本に帰って来てくれたことになります。
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【1947年2月20日には「栄豊丸」が】

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 1947年2月20日、大連から3,469人の引揚者を乗せた「栄豊丸」が舞鶴港に入港しました。「栄豊丸」は、この時初めて舞鶴港に入港し、その後、1949年12月1日まで引揚船として活躍します。最初は大連からでしたが、以降はすべてナホトカから。舞鶴港へ14回入港、合計27,015人の引揚者を乗せて来ました。
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【75年前と74年前の2月18日】~引揚船と共に振り返るシベリア抑留~

~引揚船と共に振り返るシベリア抑留~
 「2月18日」 75年前、昭和21年(1946年)のこの日は、沖縄から6人の引揚者を乗せて「長鯨」が舞鶴港に入港、翌年、昭和22年(1947年)には、大連から「大瑞丸」が3,202人を乗せて入港しており、2月18日は、合計3,208人の引揚者の引揚記念日となっています。
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【74年前の2月13日~引揚船と共に振り返るシベリア抑留~】

 ~引揚船と共に振り返るシベリア抑留~
 74年前の今日。終戦から1年半、昭和22年(1947年)の2月13日。中国、大連から2隻の引揚船「信濃丸」と「辰日丸」が舞鶴港へ入港しました。この日は「信濃丸」に3,052人、「辰日丸」に3,549人の方が乗船されており、合計6,601人が引き揚げてこられました。
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【71年前の2月8日~引揚船と共に振り返るシベリア抑留~】

~引揚船と共に振り返るシベリア抑留~
 今から71年前。終戦から4年半、昭和25年(1950年)の2月8日。京都府舞鶴市の北、日本海の向こう846kmにあるナホトカからの引揚船「高砂丸」が舞鶴港に入港しました。乗船されていた引揚者は2,203人。
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