ユネスコ世界記憶遺産登録を目指して

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ユネスコ世界記憶遺産登録を目指して

003 第2次世界大戦の終結後、軍人と一般人をあわせ、660万人以上といわれる日本人が海外に残されていました。この人たちの速やかな帰国を実現するため、国の事業として、軍港だった舞鶴をはじめ、浦賀、呉、下関、博多、佐世保、鹿児島、横浜、仙崎、門司を引揚港に指定。このうち舞鶴は、昭和25年以降は、国内唯一の引揚港として昭和33年9月7日の最終船まで、実に13年間にわたり、約66万人の引揚者と1万6,269柱の遺骨を受け入れました。
また、捕虜となりシベリアで抑留された方の多くは、重労働や寒さ、飢えなど筆舌に尽くしがたい労苦の末、舞鶴へ引き揚げられています。引揚記念館に展示されている資料には、当時の市長名で引揚者を迎えるにあたって、市民向けに引揚者を温かく迎えようとの文章が残されています。歓迎や慰問、差し入れなどまちぐるみで迎えた市民の姿に、舞鶴から全国へ帰宅された引揚者から後々まで感謝の言葉が寄せられました。

 

引揚記念館

memo 昭和60年に開催された「海外引揚40周年記念 引揚港まいづるを偲ぶ全国の集い」の開催をきっかけに、舞鶴に引き揚げを記念する拠点をとの気運を受けて、市が建設。市内外から7,000万円を超える寄付と関係する品々が寄せられ、昭和63年4月に開館しました。衣類や生活用品、手紙など当時の貴重な資料や体験者の記憶で描かれた絵画など現在約1万2,000点を所蔵。来年で開館25周年を迎えます。
時代とともに戦争を知らない世代も増加し、引き揚げの史実は過去の出来事として年々薄れつつあります。市では、昨年度から市内全小学6年生が来館する社会学習を開始。また、貴重な所蔵品を後世に確実に継承し、次世代に平和の尊さを強力に発信するための創造的事業を展開する施設となるよう、学芸員も配置し、24年度から市直営となりました。

 

世界記憶遺産とは

 世界記憶遺産は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の三大遺産事業(ほかには「世界遺産」「無形文化遺産」)の一つで、世界の重要な記憶遺産の保護と振興を目的に1992年から開始されました。
文書や書物、楽譜、絵画、映画などの記録史料が対象となり、現在、世界で245件が登録されています。主なものには、「アンネ・フランクの日記」「ベートーベンの手書きの楽譜」などがあり、国内では、福岡県田川市が申請した筑豊の炭鉱記録画など697点が平成23年5月に国内第1号として登録されています。なお、申請中は2件です。

 

選定基準は

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主な選定基準は次のとおりです。
  • 真正性 …… 記憶遺産の本質や出所(複写・模写・偽造品でないか)が確認されていること。
  • 世界的な重要性 …… 他に代替えができないもので、その損失や悪化が人類の遺産にとって損害となるもの。一定期間にわたり、または世界の特定の文化圏において、多大な影響を与えたもの。歴史上、プラスまたはマイナスの影響力を与えたものでなければならないこと。
などで、2年に1回、各国から申請された資料などを選考し、登録が決定されます。申請できるのは、1つの国につき2件までとなっています。登録されると、資料の内容などが数か国語に翻訳され、さまざまな機会に、世界に向けて発信されるほか、資料の保存促進に関する助言や支援などがなされます。
今後は、引揚記念館に全国から寄せられた1万2,000点の所蔵品の調査や研究を進め、世界記憶遺産の対象となる資料を選考し申請書類を作成する予定です。

 

登録申請に向け

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 今、舞鶴から世界へ二度と起こしてはならない戦争と引き揚げの歴史を語り継ぐため、市民の皆さんと、また全国の引き揚げ体験者や関係者の皆さんとともに2015年の登録を目指していきます。